昔話コーナー
2008年02月01日
昔話つづき。パート6
※本文の一番下にバックナンバーの目次があります。 前回は高校1年生くらいの話でした。
今日は初めて学校以外でライヴをした時の話です。
つい先日、京都RAGに出演した時に、その時のライヴハウスのオーナーさんが対バンとして出演されてて、あまりの懐かしさと久しぶりの嬉しさで、その頃の記憶が沸々と蘇ってきました。
さて、初めて外でのライヴをしたのは高校1年が終わった春休みのある日。準備はいつからしてたかな〜。多分冬休みくらいからしてたと思います。まるで大規模なツアーでもやるかの様な長い準備期間です(笑)
いつもバンド練習をしていたスタジオが、小さいながらもホールが併設されてたので、そこでやろうやって話になって、練習後にいつもの様にオーナーさんに料金を支払う時にそれとなく申し込んでみたら「BOOWYのコピーやったらあかんで!」と先制パンチ。ボクらはリアルタイムの世代では無いのですが、よくBOOWYのコピーをやっていたので、きっと音が聴こえてたんでしょう。当時は、バンド組み立ての初心者はよくそれのコピーをしてたので、もうそれを発表するだけのライヴは聞き飽きたそうです。。(今思えば確かに!と強く同意しますが…)まぁ、その場はオリジナルも含めるのでという事で出演させてもらえる事になりました。
それから選曲をし、練習に励んで励んで…今覚えてる範囲で、BOOWY、ZIGGY、BLUE HEARTS、B'z、LUNA SEAの曲選んだかなぁ。とにかく統一感無くごちゃまぜです(笑)それとオリジナルを含めると大見得を切ってたので1曲何とか形にして本番へ。
確か本番当日だったと思うんですが、衣装がいるやんって話になって梅田まで行って白いTシャツを買ってきました。白Tシャツとジーンズが何故か衣装って事になってたのです…超さわやか系です(笑)
それでリハーサルをし本番時間を待ってたのですが、何せ初めてだったので、ちゃんとお客さんは来てくれるんかなとか、弦切れたらどうしようとか、緊張感と不安が入り交じってたのを良く覚えています。
でも、開始時間になってもいっこうに呼ばれず、お客さんが全然来てないんやと絶望感すら感じてた頃に、血相を変えたスタッフさん(オーナー)が「早よ来な時間無くなるで!」と呼び出しに来ました。ここは時間になったら自分たちで行くシステムだったようです。
そして楽屋からステージへ上がるには客席の一番後ろから入るので、ちゃんと満員に埋まったそこを練り歩いて上がる光景は今でも忘れられません。仲間同士の付き合いで集まったにしても「あぁ、オレらの音楽を聴きに来てくれたんや…」と少なからず感動したものです。
そして、本番スタート!
。。♪。。♪
10曲以上はやったはずなんですが、最中の事は全然覚えてません。それどころか一瞬で終わった気がします。それくらい昂っていました。後でビデオを観た感想ですが、さすがに何ヶ月も同じ曲を練習し続けてきたのもあってか、当時の出来る範囲ではまとまってた感じだったと思います。
それよりも今でも強烈に覚えてるのは、そのライヴをさせて下さったオーナーさんに終演後にこっぴどくダメだしされた事です。「君らなぁ、、(あきれ顔で)それやったら学芸会やでぇ」「お金もろたら君らもプロとおんなじや」ってのが一番グサっと来ました。と言っても当時のボクらには理解出来ず、「あのおっさん何も分かっとらんわ〜。」と平然として打ち上げの場で気にも留めず、ただ満足感に浸っていましたが。。
数年経ってからその意味が分かって来て、ステージ上での自分ってのが激変した気がします。その日が無ければ今の自分は無いなと思うファーストライブでした。そして、その事を先日の再会で十数年ぶりにお礼代わりのステージをお見せ出来たのがすごく嬉しかったです。やっぱりRAGには色々と縁があります。
はい、そんな昔話パート6でした。
「昔話目次」
0)http://blog.livedoor.jp/yoseem/archives/50571394.html
1)http://blog.livedoor.jp/yoseem/archives/50572819.html
2)http://blog.livedoor.jp/yoseem/archives/50575296.html
3)http://blog.livedoor.jp/yoseem/archives/50585995.html
4)http://blog.livedoor.jp/yoseem/archives/50619495.html
5)http://blog.livedoor.jp/yoseem/archives/50836893.html
yoseem at 04:05|Permalink│
2007年01月24日
昔話つづき。パート5
超不定期更新!昔話シリーズ第5弾。 ↓前回はこちら↓
http://blog.livedoor.jp/yoseem/archives/50619495.html
さて、高校生になったボクは大分ワリの良い居酒屋さんのバイトを始めて、それなりに楽しく過ごしてましたが、音楽活動の方は大した事もせずヌルい日々を送ってました…。
高校生で音楽なイベントと言えばやっぱり文化祭とかありますよね。ボクらもそこで演れるのを楽しみにしてたのですが、学校のキマリとやらでクラスを横断した出し物(というのかは疑問)は一切禁止みたいな感じで、しかもバンドなんてもってのほか!という頭の固さ!
正直、スポーツが不得手なボクにとっては高校で目立つ(モテる)にはコレしかないやん!って思ってたので学校を続ける意味ないじゃんとすら当時考えてました…(笑)
で、苦肉の策で編み出したのが、、
ジャズ喫茶ならぬ『バンド喫茶』
当然、上記の条件(クラスを横断しない)をクリアする為に、クラス内でメンバー(ボーカルとベース)を即席で立てて、後の全員は喫茶のスタッフ。。要は自分らの欲求の為にクラス全員を巻き込んだとも言えます…(笑)スイマセン。。
それが決まったのが7月くらいで、本番は10月やったかな?なので、即席でお願いしたメンバーには夏休み返上で猛練習してもらい、何とか5〜6曲そろえることが出来ました。
そんな無理矢理に見えた企画&準備でしたが、何ぶん音楽不毛な高校だったので、当日は大盛況!もう同じ曲を2日間、何ステージやったんやろってくらい演奏しました(笑)毎ステージ30〜40人くらい入ってくれて10ステージくらいやったはずなので、これが今なら中々なチャージバックですね…。
何を演奏したっけな〜、B'zとか、ユニコーンとか…あとブルーハーツもやったかな?女の子ウケを完全に狙ってました。。
そう言えば、その時の急遽ベースを担当してくれた子が「いいドラマーがおんねん」と紹介してくれて、その時の音源を手渡してくれたんですが、それがその後ずっと一緒にバンドをやってくY氏だったのが、今思えば実は一番の収穫だったかも知れません。
とにかく、、不純(?)な動機のライヴはこれが最初で最後かな。その後は少しずつ音楽とまじめに向き合う様になり始めました。
ちなみに写真は全ステージが終わってからの放心状態のメンバー達…のはず。
yoseem at 02:53|Permalink│
2006年07月27日
昔話つづき。パート4
はい、久しぶりの昔話シリーズです。 この写真を捜し出すのに苦労してました。
分かる人には分かる、そうボクの部屋です。
右の方にチラっと見えてるのがボクなんですが、それよりも左端の強面のお兄ちゃん…何かおかしくないですか?ドラムセットを気持ち良さそうに叩いてるのですよ(笑)
もちろん、何の防音設備も無い部屋です…。
高校に進学してから、早速バンドを組んだのですが、練習スタジオを借りるお金が無くって、いっそのことウチをスタジオにしよーやって事になって、無謀なボクらは機材を運び込み、部屋の中の物を全部端に寄せて、準備オッケー!?
まぁ、そのサウンドは…それぞれが好きなだけ音を出すという自己満足プレー以外の何物でもない様子だったと思います。自分の音が聴こえへんから、ボリュームを上げ…、、また聴こえなくなって上げ、、と。
もちろん、苦情が来ました。
しかも、会ったことも無い、何本か筋向こうのお宅から(笑)テキトーに謝ってその場をしのいだのですが、肝心のご近所からは諦められてたのか、そんなに苦情が無くって話し合いの結果、夕方5時まではオッケーになったという、寛大さに今思えば感謝です。
それぞれが、バイトし始めてちょっと小遣いが出来てからは、さすがにやめましたけどね。。
まぁ、今も結構深夜まで音出ししてるので、そういう意味では成長が無いよな…。。
つづく?
yoseem at 03:57|Permalink│
2006年07月07日
昔話つづき。パート3
細かく書き過ぎて、思い出すのに時間がかかってました。。 前回もお話した通り、新たなメンバーで日々練習に励んでたのですが、ある日突然、自分が作ったバンドやのに解雇通告を頂くというハメになってしまい。路頭に迷うことになりました。大袈裟な表現ですが、当時はそう思ってました。その頃のボクが思うには、新たに加入したもう一人のギターが「ギター2」ってのに納得出来なかったんだと思います。その彼は、体格良く、スポーツ万能、勉強も…ボクよりは出来てたかな?んで、女の子にもモテて…と、何もかもが上回ってるのに、何でお前がメインパートやねん!って感じだったのかな〜と思います。
それまでのボクなら、学生時代によくあるちっちゃな輪の中の強権ぶりに、はぁぁぅぅ。。と思いながらも諦めてたと思いますが、これだけは負けたくないと言う気持ちが初めて芽生えて、その瞬間から猛練習に励んで、いつか見返すぞっと誓いました。
最初にバンドを組んだ時からの、最初の目標は卒業ライヴに出演するということだったので、それまでに新たなバンドを組んで同じステージで勝負しようと思いました。
そんなボクが目障りだったのか、あの手この手で妨害に近い様なことを受けつつも、何とかメンバーに目処がついて、その時にベーシスト(当時はギター担当でした)のS氏と一緒になりました(彼とはその後、現在まで何だかんだ音楽を一緒にやってます)他のメンバーも、出来るだけ妨害に負けない「力」を持ったメンバーで固めました(笑)
そして、卒業ライヴを迎えました。
この日を迎えるまでは、相手のバンドの事を敵と思い、目の敵にしてましたが、何か卒業っていう響きの前に、なんてちっちゃい争いをしてるんやろな〜と、ふと我に返ってしまい、勝負なんてどうでも良くなってましたが、舞台は既に用意されてるので、全力で演奏しました。ボクをクビにした彼は緊張のせいか、固まってしまって演奏がおぼつかない状態になってしまい、そのステージを終えました。ボクらは、練習通りの演奏が出来たかなと思います。今までボクが求めて来た「勝負」は決まりました。で、その彼は悔しさのあまりか、泣き崩れてしまいボクに謝ってきました。でも、もうその時のボクには恨みなど無く、逆にありがとうと感謝したいくらいだったのです。壁に立ち向かうなんてことをしたことの無かったボクが、ちっちゃいながらも、初めてその壁を打ち破った事は、その後の自信に繋がりました。音楽をやってオレは変わるぞっと意気込んで始めましたが、始めるだけでは何も変わらず、その中で経験を重ねる事が自分の糧になるんやなと初めて感じた、今読み返せばちょっと青春な日でした。。
でも、その彼とは実は幼なじみで、よくボクが危ない時には助けてくれた親友でもあるのです。もちろん今も仲良くしてます。ほんの一時期は険悪になりましたが、今となっては良い思い出です。
yoseem at 12:28|Permalink│
2006年07月01日
昔話つづき。パート2
はい、先日は無謀にもオリジナルTシャツを制作した話をしましたが、まだまだつづきます(笑)
その後、Tシャツに飽き足らずステッカーも作らななって事になって、友達の実家が看板屋さんだったので、半ば無理矢理頼んで作ってもらう事にしました。まぁ、ステッカーと言ってもカッティングシートでバンド名と名前を切ってもらい、ギターに貼付けてニヤついてました(笑)
そして、やっと初スタジオ!近所の楽器店の練習部屋を借りて、ただただ爆音を鳴らしてました…。ある意味、前衛的なサウンドだったかも知れませんね。。その後、何回か練習を重ねるうちに、何とか曲っぽい感じに出来上がったのは、ほぼ1年後くらいやったかな?あ、言い忘れてましたが、その間に、先日6/28に岡山で結婚式に出席した話をしてた友達が、大阪から岡山に転校したため、また新たにギターを一人加えるカタチになっていました。
つづく。。
その後、Tシャツに飽き足らずステッカーも作らななって事になって、友達の実家が看板屋さんだったので、半ば無理矢理頼んで作ってもらう事にしました。まぁ、ステッカーと言ってもカッティングシートでバンド名と名前を切ってもらい、ギターに貼付けてニヤついてました(笑)
そして、やっと初スタジオ!近所の楽器店の練習部屋を借りて、ただただ爆音を鳴らしてました…。ある意味、前衛的なサウンドだったかも知れませんね。。その後、何回か練習を重ねるうちに、何とか曲っぽい感じに出来上がったのは、ほぼ1年後くらいやったかな?あ、言い忘れてましたが、その間に、先日6/28に岡山で結婚式に出席した話をしてた友達が、大阪から岡山に転校したため、また新たにギターを一人加えるカタチになっていました。
つづく。。
yoseem at 16:47|Permalink│
2006年06月30日
昔話つづき。パート1
はい。
昨日、中途半端に書いてしまったので、
気の向いた時につづきを書いていくことにしました。
とにかく、マンガ家を断念しバンド結成!
と、いうことになりましたが、
何をしたらいいのか全く分からずに楽器をただ鳴らしていました(笑)
さらにチューニングの仕方なんてめちゃくちゃです。
ギターを買ったときにチューナー(音を合わせる為の機器)
も買ったのですが、E?A?何それって感じで
説明書に書いてある意味がわからず、
父親がちょっとだけ教えてくれた5Fチューニング
(各弦の5フレットとそれより細い方の隣の弦の開放弦が同じ音になる様に合わせる方法。3弦〜2弦のみ4フレットで合わせる)
を覚えてたので、おかしな音にはならないのですが、
基準にする音が無いので、てきとーーに、
その日の気分で高かったり低かったり…(笑)
初めてコピーした曲は、、
B'zの「もう一度キスしたかった」かな?
あの曲のギターソロって今考えてもおいしいな〜。
でも、当然すぐに弾ける訳も無く、
スコアを買って練習してる自分に酔ってました(笑)
さらに、その酔いは泥酔いへと進行していきます。。
「バンド組んだんやから、オリジナルTシャツ作ろうや!」
ってことになり、まだ一曲も満足に弾かれへんのに、そういうことは即決してしまうのです(笑)
で、梅田にあるショップにガキんちょ中学生が「すいませ〜ん、Tシャツ作りたいんですけど〜、あっ、でもデザインはこっちでやりますんで〜」みたいなやりとりで、デザイン用のシートを持ち帰り、元マンガ家志望たちはギターの練習そっちのけで(笑)デザインに没頭するのでした…。。あぁ、本末転倒。。
それから数日後、その出来上がったデザインをショップに入稿して、いよいよ発注だったんですが、まだ経済のしくみを分かってない中学生はメンバー4人分だけを制作するとどんなにコストが高いのかなんて知らず、そこで面食らいました!確か…1枚1万円超えてたと思います(笑)
結局、その日は見積もりだけで帰ったのですが、せっかくデザインしたものをどうしても完成させたかったので、メンバー2枚ずつ+友達7人=15枚で制作することにしました。それでも確か1枚5千円くらいした様な気がします。
数週間後、完成して来たTシャツに感動し、制服の下にいつも来てました。当時はカッターの裏にバックプリントが見えてるのがお洒落だったので、当然バックプリント仕様にデザインしてました(笑)
ふぅ、疲れたので今日はここまで。。
昨日、中途半端に書いてしまったので、
気の向いた時につづきを書いていくことにしました。
とにかく、マンガ家を断念しバンド結成!
と、いうことになりましたが、
何をしたらいいのか全く分からずに楽器をただ鳴らしていました(笑)
さらにチューニングの仕方なんてめちゃくちゃです。
ギターを買ったときにチューナー(音を合わせる為の機器)
も買ったのですが、E?A?何それって感じで
説明書に書いてある意味がわからず、
父親がちょっとだけ教えてくれた5Fチューニング
(各弦の5フレットとそれより細い方の隣の弦の開放弦が同じ音になる様に合わせる方法。3弦〜2弦のみ4フレットで合わせる)
を覚えてたので、おかしな音にはならないのですが、
基準にする音が無いので、てきとーーに、
その日の気分で高かったり低かったり…(笑)
初めてコピーした曲は、、
B'zの「もう一度キスしたかった」かな?
あの曲のギターソロって今考えてもおいしいな〜。
でも、当然すぐに弾ける訳も無く、
スコアを買って練習してる自分に酔ってました(笑)
さらに、その酔いは泥酔いへと進行していきます。。
「バンド組んだんやから、オリジナルTシャツ作ろうや!」
ってことになり、まだ一曲も満足に弾かれへんのに、そういうことは即決してしまうのです(笑)
で、梅田にあるショップにガキんちょ中学生が「すいませ〜ん、Tシャツ作りたいんですけど〜、あっ、でもデザインはこっちでやりますんで〜」みたいなやりとりで、デザイン用のシートを持ち帰り、元マンガ家志望たちはギターの練習そっちのけで(笑)デザインに没頭するのでした…。。あぁ、本末転倒。。
それから数日後、その出来上がったデザインをショップに入稿して、いよいよ発注だったんですが、まだ経済のしくみを分かってない中学生はメンバー4人分だけを制作するとどんなにコストが高いのかなんて知らず、そこで面食らいました!確か…1枚1万円超えてたと思います(笑)
結局、その日は見積もりだけで帰ったのですが、せっかくデザインしたものをどうしても完成させたかったので、メンバー2枚ずつ+友達7人=15枚で制作することにしました。それでも確か1枚5千円くらいした様な気がします。
数週間後、完成して来たTシャツに感動し、制服の下にいつも来てました。当時はカッターの裏にバックプリントが見えてるのがお洒落だったので、当然バックプリント仕様にデザインしてました(笑)
ふぅ、疲れたので今日はここまで。。
yoseem at 02:57|Permalink│
2006年06月29日
結婚式に行ってきました。
昨日は、友達の結婚式で岡山まで行ってきました。この友達とは、中学生の頃に出会って、
一緒に音楽を始めた仲でもあります。
度々言ってますが、音楽を始める前は、マンガ家を目指してて、ゲーム好きで、鉄道好き…と。おそらく今のイメージとはかけ離れてたのではと思います(笑)
誤解の無い様に言っておきますが、今もマンガ大好きですし、当時も心から好きだったんですが、中学生の頃って女の子の視線とかって特に気になりますやん(笑)
で、当時マンガを書いてた仲間4人と緊急ミーティングをし、女の子の冷ややかな視線をかわすには!という重大テーマで語り合った結果。
「この状況を打開するには誰もやってないことやらなな!」
と、言う話でまとまりました。
今でこそ、別に珍しいことでは無いのですが、当時ボクの通ってた中学では、同級生の中では誰も音楽をやってなかったので、それいっとこか!ってことになりました(結構安易です…。)
最初は、当時の小室ブームもあって、モテたい一心で(笑)キーボードをやりたかったのですが、何だかんだで最終的に決まったのはギター。。
あんまり気乗りせんままに始めたのですが、これまた当時流行ってたB'zを聴いて、急にギターに興味が湧く様になってきたのです。
んで、'92年の6月5日に京橋の楽器店で、エレキとアンプのセットを手に入れました。何で日付まで覚えてるのかというと、当時、中学生ですがアルバイトで新聞配達をやってて、その給料日が5日だったのと、まだマンガ家気質が抜けきってなくて、いつかこのハナシをネタに…。とか思ってたので、その後、しばらくは日記風に書き留めてたのです(笑)
でも、その頃はボクはメインじゃなくサブ的ポジション。
そのメインだったのが今回の友達という訳です。(あ〜説明長っっ)
この機会に、それからの事も書いてみようかと思いましたが、
今回はこの辺で断念します。。またの機会に。
とにかく、
ボクの一大転機を共に過ごした仲なので、
少し感慨深いものがありました。
本人は最初から感極まってて、
こっちまで引きずられそうになったよ…。
ま、そんな1日でした。
yoseem at 12:46|Permalink│
